復興 Reconstruction
中越大震災の崩落現場(妙見町)
平成16年7月新潟・福島豪雨で水没したまち(中之島)

「不死鳥のごとく。」
これが長岡の精神こころ

平成16年7月13日の新潟・福島豪雨では刈谷田川の破堤などで死者4人、建物被害4,692棟、同年10月23日に発生した中越大震災では死者28人、負傷者2,438人、建物被害90,133棟の被害を受けました。

震災は、地域と人の力を強めた

被災直後
保存工事後
洪水などによる家屋の流出を防ぐ柵などを設置しました。

山古志・木籠の水没家屋を
「震災遺構」として保存

地震による土砂崩れで芋川がせき止められ、集落はダムのように水が溜まり40棟が水没。当時の原形をとどめている家屋2棟は、震災の記録として未来へ伝えるため保存工事を行いました。集落では、全国から多くの視察団や観光客が訪れ、住民との交流の輪が広がっています。

7つの記憶を結ぶ中越メモリアル回廊

震災の経験と教訓を未来と全国に伝えるため、4つの拠点と3つの公園を整備。

やまこし復興交流館おらたる

震災の記録や復興状況、昔から受け継がれてきた山の暮らしを伝えるとともに、地域振興・交流の拠点になっています。平成25年10月の開館から、10万人を超える人が来館しています。

震災後、市民が専門家から防災に関する知識や技術を習得する中越市民防災安全大学を開校。11年間で541人が卒業し、防災リーダー「中越市民防災安全士」として、防災訓練での救命法指導など地域の防災力向上のため活躍しています。

自主防災会の結成率は全国平均を上回る91.8%(平成29年1月現在)。
震災後飛躍的に伸びました。

復興防災経験教訓全国へ

日本中から大きな支援をいただいた長岡市が、果たすべき役割。それは、これまで震災の経験から学んだ復興や防災の経験と教訓を全国に発信していくことです。
その一例が、「学校が避難所になる」ことを想定した校舎の整備です。
平成21年1月の東中学校、24年1月の宮内中学校の全面改築では、炊き出しを考慮して体育館の隣を調理室にしたり、避難者と生徒の活動エリアが分かれるように設計したりと、災害経験を取り入れた校舎にしました。
市立小・中・特別支援学校86校には、断水時に飲み水を確保できるよう受水槽に蛇口を設け、体育館にはテレビ用と電話用の配線を整備しています。

(左)避難所を想定した宮内中学校の体育館
(右)普段はにぎわいの場、災害時には防災の拠点になる市民防災公園。飲み水にもなる耐震性防火水槽を埋設。
中越大震災の経験を基に市内企業が開発した段ボール製更衣室兼授乳室を熊本の避難所に設置

官民協働で熊本地震の被災地を支援

避難所の運営方法を提案し、熊本市全体に波及、発信しました。ニーズに合わせた物資を提供し、民間団体が中心となって被災者に寄り添った支援を行いました。

災害時でも妊婦や乳児に安心を

熊本地震での母子避難所の周知の難しさなどを教訓として、子育て世代に親しまれている子育ての駅に、妊婦や乳児の支援に特化した「子育てあんしんの避難所」を平成29年度から設置します。避難時に必要とされる物資を備蓄。子育て、福祉、防災の関係団体が情報交換や連携強化に取り組みます。