花火 Nagaoka HANABI
正三尺玉三連発とナイアガラ

正三尺玉

長岡花火の名物花火の一つ。見る人を魅了して止まない、花火技術の最高傑作です。直径90㎝、重さ300kgの巨大な玉が上空600mに打ち上げられ、直径650mもの大輪の華を咲かせます。
戦後70年の平成27年には長岡まつり史上初の正三尺玉三連発を打ち上げ、圧倒的な迫力で観覧客の大歓声を浴びました。

長岡まつり大花火大会は、
慰霊と平和への願いを
込めて打ち上げている
日本で唯一の花火大会

日本一の大河・信濃川の河畔で
約2万発の花火を打ち上げます

昭和20年8月1日午後10時30分から1時間40分もの間にわたった長岡空襲。市街地の8割が焼け野原と化し、燃え盛る炎の中に1,486人の尊い命が失われました。
長岡花火には、長岡空襲で亡くなった人への慰霊、復興に尽力した先人への感謝、恒久平和への願いが込められています。

慰霊の花火・白菊

8月1日午後10時30分、長岡空襲が始まった同時刻に、空襲で亡くなった人への慰霊、恒久平和への願いを込めて、白一色の尺玉3発を打ち上げます。
市内寺院から鳴り響く慰霊の鐘の音とともに、世界の平和を祈ります。

【写真】復興祈願花火フェニックス
復興祈願花火フェニックス
【写真】歌手 平原綾香

「初めてフェニックス花火を見たときの感動は今でも忘れません。
  花火で泣いたのは初めてでした」

歌手平原綾香さん

フェニックス花火と出会って、思えば一緒に歩んできた気がします。みなさんが「Jupiter」(ジュピター)を聞いてくださって「Jupiter」にふるさとができたような気がして、長岡に帰るとお帰りって言ってくれる、そんなあたたかさにいつも感激しています。「あのときは本当にありがとう」って言葉を掛けていただくこともあります。私が思っている以上にみなさんがフェニックスを、「Jupiter」を大切にしてくださっているのがわかって毎回胸が熱くなります。この素晴らしい花火を私もずっと見ていたいですね。

平原さんの名曲「Jupiter」は、中越大震災のとき被災者を励ましてくれた曲。「ひとりじゃない」という歌詞にたくさんの人が勇気付けられました。震災の翌年から、フェニックス花火はこの「Jupiter」にのせて打ち上げています。

平和を祈る
「長岡花火」
世界へ
  未来へ

【写真】平和への思い
県内唯一の大規模戦災都市・長岡 (右)那須髙明 画「焼夷弾を避け踏み越えて」
(中)焼け野原となった市の中心部 建物は当時の市役所
〈写真いずれも長岡戦災資料館所蔵〉
(左)8月1日「柿川灯籠流し」空襲で亡くなられた方々の慰霊と平和の想いを託して流されます

長岡まつりを
毎年8月1日・2日・3日に
開催している理由は、
その起源にあります

毎年華やかに繰り広げられる長岡まつり。その起源は、長岡の歴史に刻まれた、痛ましい夏の日に発しています。
昭和20(1945)年8月1日午後10時30分、B29が焼夷弾爆撃を開始。長岡は瞬く間に炎に包まれました。2日午前0時10分過ぎまで続いた空襲は市街地の8割を焼け野原にし、1,486人の命を奪いました。見渡す限り悪夢のような惨状。言い尽くしがたい悲しみと憤りに打ち震える人々――。
空襲から1年後の8月1日。長岡の街の再建と空襲犠牲者の霊を慰めるため「長岡復興祭」が開催されました。これが長岡まつりの前身。市民は心を慰められ、励まされ、固く手を取り合いながら、不撓不屈の精神で復興に望んだのです。
この歴史をいつまでも後世に伝えるため、毎年8月1日から3日に長岡まつりを開催しています。

【写真】慰霊の花火「白菊」
慰霊の花火「白菊」

「白菊」は
死者に慰霊の意を
込めて手向ける花

長岡花火を長く支えた花火師・嘉瀬誠次さんは、亡くなった戦友を弔うために、ロシア・シベリアのアムール川で花火「白菊」を打ち上げました。白一色のきれいな円を描き、静かに消えていく余韻を残す様は見る人の心に響きます。
長岡市ではこの「白菊」を長岡空襲が始まった同時刻の8月1日午後10時30分と、8月2日・3日の大花火大会の冒頭に、慰霊と平和への願いを込めて打ち上げています。

【写真】真珠湾の長岡花火

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真珠湾で長岡花火

(左)未来の世界平和を祈る長岡花火2,000発の打ち上げ(8月16日、真珠湾フォード島)
(中上)両国の戦争犠牲者の慰霊と世界の恒久平和を願い 真珠湾の夜空に手向けた「白菊」(8月15日)
(中下)会場の真珠湾フォード島内には約28,000人が来場

70年の時を越え
真珠湾に鎮魂の長岡花火
「花火を通じて世界中に
平和な未来を届けたい」

両市で青少年交流など
長岡ホノルル平和交流記念事業を実施

戦後70年の節目となった平成27年8月、長岡市は米国ハワイ州ホノルル市と共同で米海軍協力のもと、追悼式典を実施、日米開戦の地・真珠湾で平和を祈る長岡花火を打ち上げました。

【写真】真珠湾戦争の鎮魂

日米首脳の真珠湾訪問
長岡市が先鞭に

平成28年12月、安倍総理大臣とオバマ前大統領の真珠湾慰霊訪問後の所感表明演説の場に招待された磯田市長。ホノルル市との交流が大きな実を結びました

【写真】磯田市長の表敬訪問、オバマ前大統領表敬訪問
【写真】世界の恒久平和のために交流

「世界の恒久平和のために交流・協力していこう」

― 長岡市とホノルル市は姉妹都市 ―

米軍の空襲で大きな被害を受けた長岡市。一方のホノルル市は、長岡出身の連合艦隊司令長官・山本五十六が指揮した真珠湾攻撃が行われた地です。戦争の痛みを知る両市は、平成19年から中学生・大学生の訪問団の派遣、アリゾナ記念館と長岡戦災資料館、山本五十六記念館の3館交流などを通して理解を深め、平成24年3月、「共に世界の恒久平和に寄与しよう」と姉妹都市になっています。